「天皇の母」を出し続けた蘇我一族は、なぜ古代王朝で「別格」になれたのか? (1/4ページ)

Japaaan

「天皇の母」を出し続けた蘇我一族は、なぜ古代王朝で「別格」になれたのか?

天皇の相棒

6世紀初めの日本では、天皇を中心とする王権が大きく変わろうとしていました。

その転換点に登場したのが継体天皇です。ご存じの通り、現在の皇室につながる天皇の一人です。

この時代には、朝鮮半島との関係や九州の磐井の乱など、王権を揺るがす問題も起きていました。継体天皇が安定した政権を築くには、天皇だけの力では足りなかったでしょう。

そこで重要になってくるのが、天皇を支えた有力豪族たちです。その中で王権の中枢へと急速に進出したのが蘇我氏でした。

では、蘇我氏はなぜここまで強い政治力を持つようになったのでしょうか。

蘇我一族で活躍した蘇我馬子(Wikipediaより)

磐井の乱を経験した継体天皇にとって、大陸や朝鮮半島の情勢に詳しい豪族は、王朝を守るうえでも重要な存在でした。

さらに自分の王朝を安定させるため、協力する豪族を政治的な基盤として組み込むことも考えたと推測されます。

一方、豪族たちも、磐井の乱を平定して九州の王権を手にしたこと継体王朝と協力に結びつくことを考えます。

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