平安時代「母」の発音は「パパ」「ふぁふぁ」 だった? タイムスリップしても絶対に通じない日本語の謎 (4/6ページ)
これも、ハ行の音の変化と関係しています。古い日本語では、語の位置によってハ行の音が変化し、現在の「h」とは違う音になっていました。その結果、「はは」は「はわ」のような発音へ変化していったと考えられています。
つまり、「母」という一つの言葉を追いかけるだけでも、古い「p」に近い音、両唇摩擦音、「はわ」に近い音、そして現在の「はは」へと、長い音の歴史が見えてきます。
この謎に挑んだのが上田万年こうした日本語の音の変化について、明治時代に本格的に考えた人物がいます。国語学者の上田万年(うえだかずとし)です。上田は1898年、「P音考」という論文を発表しました。名前の通り、「P」の音が、日本語の歴史を考えるうえで重要だと論じたものです。
現在の「ハ行」が、昔は「パ行」に近い音だった。一見すると大胆な説に思えます。しかし、上田は思いつきだけで「昔はパだった」と言ったわけではありません。古い日本語の資料を調べ、他の言葉との音の対応などを見ながら、日本語の音がどう変わってきたのかを考えたのです。
そして、この「古い日本語のハ行にはpの音があった」という考えは、その後の日本語音韻史の研究にもつながっていきます。
私たちが話している日本語も、昔は「外国語」のように聞こえた?考えてみると、ちょっと不思議です。平安時代の人も日本語を話していました。私たちも日本語を話しています。それなのに、千年近い時間を隔てると、音そのものがかなり変わってしまう。
もちろん、平安時代の人が話していた言葉を現代人が「まったく理解できなかった」と単純に言うことはできません。地域差や身分差、時代差もありますし、文章と会話でも事情は違います。
ただ、少なくとも「今の日本語をそのまま平安時代へ持っていけば通じる」と考えるのは無理があります。言葉は、少しずつ変わっていくからです。
昨日まで「は」だった音が、今日から突然「ぱ」になるわけではありません。何世代もかけて、ほんの少しずつ変わる。その小さな変化が積み重なって、何百年後には別の音になっているのです。
「母」という言葉は、私たちにとっては、あまりにも普通の言葉です。