まさに逃げ上手!『豊臣兄弟!』で割愛、秀吉の紀州攻めに抗った土橋春継の怒涛の逃避行を一挙紹介 (5/7ページ)
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ほどなく長宗我部元親(磯部寛之)が秀長に降伏すると、土佐にもいられなくなってしまいます。
そこで春継は四国から脱して関東まで逃げ延び、今度は北条氏政(谷原章介)に仕官しました。
しかしそれも永くは続かず、天正18年(1590年)に北条氏が秀吉によって滅ぼされると(小田原征伐)、もう秀吉に逆らう勢力は日本のどこにもいなくなってしまったのです。
ついに年貢の納め時かと思いきや、春継はまだまだ諦めません。関東から思い切って中国地方へ逃げ込み、毛利輝元(濱省悟)に仕えたと言います。
これをもって、土橋春継は歴史の表舞台から姿を消したのでした。
