ヤマト政権の巨大古墳、実は「外交兵器」だった!?世界に誇るスケールで仕掛けた“威信演出”とは? (1/4ページ)

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ヤマト政権の巨大古墳、実は「外交兵器」だった!?世界に誇るスケールで仕掛けた“威信演出”とは?

巨大すぎる王墓

奈良盆地から大阪の河内地方にかけて勢力を広げていたのが、ご存じヤマト政権です。

当時の日本には文字による記録がなかったため、その実像を知る直接的な史料は多くありません。

そんなヤマト政権の力を考える手がかりが、各地に残る巨大な前方後円墳です。

ヤマト政権の勢力圏と考えられる地域には、大型古墳が集中しています。代表格が大阪府堺市の百舌鳥古墳群です。

この古墳群は二〇一九年には世界遺産となり、全長四八六メートルの大山古墳、伝・仁徳天皇陵も残されています。

仁徳天皇陵

ちなみに仁徳天皇陵や古墳に関して、こちらの記事でちょっとした雑学を紹介していますので、是非チェックしてみてください。

世界遺産「仁徳天皇陵」の前方後円墳って結局どっちが前なの?様々な古墳のカタチも紹介

大和川水系には、ほかにも重要な古墳群があります。

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