徳川四天王が見初めた武将!秀吉の大軍から深谷城を守り、家康のもとで大名へ登り詰めた秋元長朝の生涯 (1/4ページ)
天正18年(1590年)、豊臣秀吉(羽柴秀吉)は後北条氏を攻め滅ぼし、天下一統を果たしました。いわゆる小田原征伐(関東征伐)ですが、秀吉の大軍に攻められたのは小田原城だけではありません。
今回は秀吉の軍勢から深谷城(埼玉県深谷市)を守り抜いた秋元長朝(あきもと ながとも)を紹介したいと思います。
果たしてどんな人物で、どんな生涯をたどったのでしょうか。
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秋元長朝は天文15年(1546年)、秋元景朝(かげとも)と妙耕院(みょうこういん。上杉憲政養女・古幡良家女)の間に誕生しました。
秋元氏は宇都宮氏の流れをくみ、鎌倉時代に宇都宮泰業(やすなり)が上総国秋元荘(千葉県君津市)を領したために地名を苗字とします。

