『豊臣兄弟!』あさひ犠牲の天正地震の悲劇は序章にすぎない!豊臣の権威を砕く「二度目の大地震」という絶望 (5/12ページ)

Japaaan

結果、武力での家康討伐を中止するしかありませんでした。

外交による臣従へと方針転換

武力討伐ができない代わりに、家康を懐柔するため、秀吉は天正14年(1586年)にすでに結婚していた妹・旭姫を強制的に離縁させ、家康に正室と輿入れさせました。

さらに、母・大政所を人質として送り家康を上洛させて臣従させました。

大政所を人質として差し出す件は、次回「家康の野望」で描かれます。

【豊臣兄弟!】母・なか(坂井真紀)までもが人質に…第41回『家康の野望』あらすじ&場面写真、相関図が公開

関白の母と妹を差し出された家康は、さすがに上洛せざるおえなくなります。これにより家康は豊臣政権の重臣となりますが……このとき、旭姫は数えで44歳、家康は45歳。

多くの専門家が「もし、大地震がなければ家康は秀吉に滅ぼされ、江戸時代はなかった」といわれるほど、秀吉にとって大きく運命を変えることになる大地震でした。

この地震が起きなければ、徳川家康は二ヶ月後に秀吉の大軍の総攻撃を受けるはずであった。(『天災から日本史を読みなおす』磯田道史)

そして、この地震がなければ。

妹・旭姫は無理矢理、離縁させられて44歳という年齢で家康に嫁ぐ必要もなかったかもしれません。

「『豊臣兄弟!』あさひ犠牲の天正地震の悲劇は序章にすぎない!豊臣の権威を砕く「二度目の大地震」という絶望」のページです。デイリーニュースオンラインは、慶長伏見地震、豊臣兄弟!、天正地震、徳川家康、戦国時代、カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る