最高齢は60歳超も…江戸市中に数千人いた路上娼婦「夜鷹」の哀しく壮絶な生存劇 (3/4ページ)

Japaaan

夜鷹になった女性には、女郎、湯女、水茶屋の女から転落した者が多かったとされます。一方で、夫を亡くして収入を失った後家や、貧困から逃れようとした浪人の娘、人妻などもいました。

夜鷹になる事情はさまざまだったのです。

天保の改革以後には、深川周辺で座り夜鷹と呼ばれる女性も現れました。自宅で営業する形でしたが、女郎屋の営業が吉原と四宿、つまり品川、新宿、板橋、千住に限られていたため、座り夜鷹も非公認の私娼として取り締まりを受けています。

意外な客層

ところで、夜鷹を買っていたのは小僧、職人、労働者、足軽などに加えて、意外にも武士が多かったとされています。「どうしても武士が多いと夜鷹云い」という川柳まで残っているほどです。

身分の低い武士ほど生活に追われ、手軽な遊興へ向かう傾向があったようです。

江戸の最盛期には、市中に数千人の夜鷹がいたそうです。夜鷹は少数の特殊な女性だけが行っていた商売ではなく、かなり大きな規模の存在だったのです。

もちろん、その生活は安定していません。彼女たちは公認の遊女ではないため取り締まりを受ける危険があり、仕事をする場所も十分に整っていませんでした。

それでも夫を失った女性や貧困に苦しむ女性にとって、夜鷹商売は生活をつなぐ手段だったのでしょう。

夜鷹という名前は、夕暮れから夜にかけて姿を現す鷹と街娼の姿を重ねたものです。

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