【ブラッサム】秋山格之介(高良健吾)のモデルは芥川龍之介!史実では宇野千代が短編小説のモデルに (4/10ページ)

Japaaan

子供の頃から優秀な成績を収め第一高等学校から、超難関の東京帝国大学(現在の東大)文科大学英文学科に進学しました。

在学中の大正3年(1914)には、クラスメイトの菊池寛、久米正雄らと同人誌第3次『新思潮』を刊行。廃刊するまでに、処女小説『老年』を発表して作家活動をスタートしました。

かの有名な代表作『羅生門』を芥川龍之介の名前で発表したのは、大正4年(1915)のことです。その後、大正5年(1916)第4次『新思潮』を発刊し、そこに掲載した『鼻』が、夏目漱石に大絶賛されました。

同年、帝大の文科大学英文学科を20人中2番目の成績で卒業、海軍機関学校の嘱託教官(担当は英語)として教鞭を執るかたわら、創作に励んだのでした。

宇野千代と出会ったのはこの頃かと思われます。

実際、千代が京都で同棲していた従兄・藤村忠が帝国大学に進学したため、共に上京したのが、大正6年(1917)です。

ドラマ同様に、本郷の洋食屋『燕楽軒』でウエイトレスのアルバイトをしている時に、編集者・滝田樗陰(※)が連れてきた芥川龍之介と出会いました。

※ドラマでは滝田樗陰は『首都公論』の敏腕編集長・黒崎(遠藤憲一)として登場。

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