【ブラッサム】言論弾圧に屈せず…山中勇三(井浦新)のモデル候補・嶋中雄作『婦人公論』創刊者の生涯 (5/5ページ)
昭和19(1944)年7月、ついに中央公論社と情報局から廃業を勧告されます。雄作は『中央公論』を休刊を決断。会社を7月31日で解散しました。
形式は自発的廃業でしたが、戦時権力による圧力の結果であったことは言うまでもありません。
終戦後の昭和20(1945)年10月、雄作は再発足の集いを開きます。翌昭和21(1946)年1月には『中央公論』戦後再建第1号を発行して新たな歩みを始めました。
しかし戦中からの苦労は、雄作の身体を蝕んでいたようです。
昭和24(1949)年1月17日、雄作は世を去ります。享年61。新たな社会の息吹を雑誌に吹き込み、出版に人生をかけた生涯でした。
1人の編集者から主幹、社長へ進み、閉鎖された会社を再建し、雑誌の思想と企業の存続を同時に背負った生き様は、今も語り継がれています。
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