美浜町の謎オブジェ「河童」の由来がじんと来る (2/2ページ)

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それがウケてたちまち大人気となり「かっぱの歌」や「かっぱ最中」も販売され、河童の親子は一躍美浜町の名物キャラクターとなり皆に愛されたとのこと。

河童の家族

しかし昭和34年に東海地方を襲った伊勢湾台風の被害により、河和の二つの海水浴場は廃止となりました。

大人気だった河童の母娘はその役目を終え、その場所にひっそりと残されました。

残った父ちゃんカッパも、大きな看板の後ろへ移動させられ、忘れられた存在に・・・。

しかし2年前に家族は一つでなくてはいけないと、新たな三人一緒の河童像が、美浜町の皆さんの寄付により作られたとのこと。

「家族はいつも一緒に。家族の和、河和の和。これが一番大事だと言うことを100年、1000年後の人に伝えていきたい」と、三体の謎の河童像は、家族の大切さを伝えるために新たな美浜のシンボルとして生まれ変わったそうです。(ライター:神谷祐美)

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