【三沢光晴をめぐる証言vol.3】越中詩郎インタビュー (3/4ページ)
──そして、越中さんは三沢さんとともにメキシコ修行に出るわけですけど、海外に出るのは念願でしたか?
越中 もちろん、それを夢見てましたからね。僕は若手時代、高千穂(明久=ザ・グレート・カブキ)さんとか、昭雄さん、桜田(一男=ケンドー・ナガサキ)さんなんかに憧れてたんですよ。カバン一つで全米を飛び回ってね。日本に3週間帰ってきたかと思ったら、次はダラス、その次はノースカロライナとかね。そういう腕一本で生き抜いてる人たちを見て、「これがプロレスラーなんだ」と思ったんですよ。
──一匹狼で腕を買われて各地を飛び回る人たちですね。
越中 俺もああいう人たちのようになりたいと思ってたんだけど、実際はずっと付け人生活ですよ。それがある日、馬場さんが「体重100キロになったら海外行かせてやる」って言ってくれたんです。そっからはメシでも何でもガンガン食って、100キロに乗せて行けることになったんだけど、僕はメキシコに行くなんて夢にも思ってないわけです。海外と言ったら、高千穂さんみたいにカバン一つで全米を暴れ回りたかったんですよ。そしたら、「三沢とメキシコに行け」って言われて、「は?」って。でも、それすら昭雄さんが助言してくれなかったら、なかったですよ。
──やはり、そうなんですか。
越中 だって、昭雄さんとの話を聞いてたら、馬場さんは「海外遠征なんか行く必要ねえじゃねえか」って言ってるんだから。「越中は置いておけよ。また、違う付け人にイチから教えるの面倒だろ」って。そういう理由ですよ!?
──「せっかく一人前の付け人に育ったんだから」と。全然、レスラーとして見てない(苦笑)。
越中 でも、昭雄さんは常々「若い人間を使って、全日本を変えていかなきゃダメなんだ」って言ってたんです。それは新日本を見ていたからですよ。
──新日本は、タイガーマスク(佐山聡)、小林邦昭、前田日明と、新弟子がどんどんスターになっていきましたもんね。
越中 それで俺も100キロになって、ようやく行かせてもらえることになったんだけど、「その代わり、三沢も一緒にな」って言われて。三沢、100キロなんか、全然ないのによ(笑)。