【三沢光晴をめぐる証言vol.6】秋山準インタビュー (2/5ページ)
下手したらグチャグチャになっちゃいますよね。僕はある程度の規律があったほうがいいと思ってるんですよね。自由って、変な奴が生まれる可能性も十分あるんで、ホントに難しいですよ。それこそ適当にやっても自由は自由、自分のやりたいことをドンドンやっていくのも自由だし。
──その中で秋山さんは全日本に復帰した天龍源一郎との闘いや新日本プロレス参戦をアピールするなど、それこそ自由にノアというものを発信していましたね。
秋山 それでも三沢さんから一切、文句言われたことなかったです。今になれば「何言ってんだ、こいつ!? 」って思いますけど(苦笑)、でも今の僕もあんなアホが欲しいと思いますよ。基本、ノアを世間に知ってもらうためにいろいろ考えてやってたことなんで、僕が勝手に言ってることも、三沢さんはなるべく叶えてくれていたと思います。
──会社の中では摩擦はなかったんですか? 一時期、「秋山はフリーになるしかない!」というムードもあったような気がしますが……。
秋山 摩擦はあったと思いますよ。あんまり会社に行かなかったからよくわからないですけど(苦笑)。でも三沢さんが抑えてくれていたんじゃないですか? 自主性を重んじてくれるというか。だから僕はタッグを組んでいた頃の自由は非常にやりづらいというか、迷ったこともありましたけど、ノアになってからの自由は僕にとって非常にやりやすかったですね。僕が自由だったということは、僕の自由を三沢さんがかなり守ってくれていたからだと思います。それは本当に感謝してますね。それこそ「秋山をフリーにしたほうがいいんじゃないか」っていう話も内部であったみたいですけど、僕は直接聞いてないですからね(苦笑)。今、僕がこうやっているのも、そこで三沢さんがグッと我慢して僕を自由にさせてくれたからだとも思いますね。
──リング上では01年7月27日の日本武道館で三沢さんからGHCヘビー級王座を奪取しましたが、純粋にプロレスラーとしての三沢光晴をどう感じていましたか?
秋山 よく三沢さんのことを「閃きの天才」って言いますけど、僕は閃きとかじゃなくて、今まで積み上げてきたものをそこで出している、基本に忠実な綺麗なプロレスをする人だと思ってます。