はるしにゃんの幾原邦彦論 Vol.2 ウテナと革命の精神分析にゃん (3/6ページ)

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しかし、あるいは『ウテナ』ほど「社会的」な作品はないかもしれない。それはどういうことか。

ジェンダー論には、社会構築主義なる考え方がある。社会体の構成員はまず「男/女」という2進法のバイナリーコードで処理され、それぞれの性別役割を配分される。しかしそうした「ジェンダー=男/女であるからにはXであるべきだ」という規範は、もちろん本質とはほど遠く、社会的な言語ゲームにおいて構成された共同幻想でしかない。

そうした作為性が本作に意図的に溢れかえっているのは、第1話において繰り返し強調される、硬直的なシステムに従事する女性教員と、それをものともしない奔放なウテナとの会話にも象徴的だ。

教師 天井ウテナ、あなたは新学期になってもそのへんてこな格好を続けるつもりですか?
ウテナ へんてこ?
教師 へんてこ
ウテナ 男子はみんな似たような格好をしてますよ?
教師 あなたは女子! だから、なぜ、男子の、制服を、着ているのですかああああ!?
ウテナ 女子が男子の制服を着ちゃいけないっていう校則はないな。問題ないです。じゃっ、そういうことで!
1話「薔薇の花嫁」より



王子様を夢みる彼女は軽やかに男装を行い逃走線を引く。ジェンダー規範などものともしない。

このような、社会なるものの虚構性に自覚的でありつつそれを脱構築するような「転覆性」のいくぶんかは、序論で述べた通り、寺山修司の演劇と映画からの影響と見ることができる。

政治においても文学においても革命なるものが死んでしまった時代にあって寺山は、「外部」へと開かれたアヴァンギャルドな作品をつくり続けた。その際にあったのは彼の「虚構への敏感さ」である。
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