はるしにゃんの幾原邦彦論 Vol.2 ウテナと革命の精神分析にゃん (4/6ページ)

KAI-YOU.net



こうした感性は彼の短歌のシミュラークル性、すなわちオリジナルなどなく全てがコピーでしかないという開き直りや、『田園に死す』のラストにおけるメタフィクション、そして全般的な「消費社会との結託」──たとえば消費社会に倦み疲れた若者へ「書を捨てよ町へ出よう」と呼びかける姿勢などを見れば納得がいく。

永遠という幻想を欲望するウテナ
上に挙げた、「永遠」という「幻想」、そして『ウテナ』が巧みに内包している(消費)社会──「幻想と消費社会」といえば、独思想家・ベンヤミンの名がすぐに浮かぶ。

彼の概念に「ファンタスマゴリー」というものがある。幻灯装置を表すこの語を使って、ベンヤミンは、資本主義経済における「生き生きとした回帰的な幻想の創出」を抉り出した。

『ウテナ』で描かれる、アンシーを手に入れることで到達できるという決闘広場の上空に浮かぶ「プラネタリウム」のように映写された「永遠があるという城」とは、まさにこのファンタスマゴリーによってつくり出された「幻想」と同様の「錯覚」=「イリュージョン」でしかなかった。ここでいう「永遠」とは、「失われてしまった究極的な享楽」と言い換えられる。

そもそもウテナは、王子様という表象に幻想を抱き、王子様を求めるのではなく王子様になることを欲望する特異な存在である。これは精神分析学的には、「ファルスになること」を求めるということである。解剖学的な器官としてのペニスの意味もあるファルスだが、ここではその膨張的な性質からくる力とまとまりの象徴として用いられている。
「はるしにゃんの幾原邦彦論 Vol.2 ウテナと革命の精神分析にゃん」のページです。デイリーニュースオンラインは、ヘルマン・ヘッセ桐生冬芽ヘッセ少女革命ウテナ幾原邦彦カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る