自衛隊が対峙した「地下鉄サリン事件」知られざる秘話 (2/5ページ)
「当時、オウムは長野県松本市に教団支部と食品工場の建設を進めていました。それが、住民の反対運動などで失敗した。その腹いせと、教団が密かに製造していたサリンの散布テストを兼ねて起こしたのが、松本サリン事件です」(全国紙社会部記者)
松本市の住宅街に散布されたサリンは、罪のない市民8人の命を奪い、約600人が重軽傷を負った。
「当時、一部週刊誌で犯人と断定的に報じられた地元の方がいました。松本の一件は、こうした冤罪被害も招いたんです。一方で、事件発生翌日から、警察関係や大手メディアに、"あれはオウムの仕業"とする怪文書も届いており、警察がオウム教団に対する本格調査に着手するきっかけとなったんです」(同記者)
ただ、オウムの犯行と決定づけたのは、自衛隊だったという。陸上自衛隊の池田整治・元陸将補が明かす。
「松本でサリン事件が起き、続けて、オウム教団の重要施設が密集する山梨県の上九一色村(現在の甲府市と富士河口湖町の一部)で、異臭騒ぎが発生しました。そこで、現場の土壌を陸上自衛隊の化学学校で分析したところ、同一のサリンであることが判明したんです」
陸自の化学学校とは、大宮駐屯地(埼玉)に所在する研究・教育機関で、NBC(核・生物・化学)兵器に対処するプロフェッショナルを育成している。
「人の指紋に個体差があるように、サリンにも生成過程で微妙な違いが発生するんです。それが一致したということは、オウムの犯行であると断じてよい。したがって、陸自では"松本サリン事件はオウムの仕業である"という情報を警察にあげたんです」
事件発生から29分で出動待機
この報告を受けて警察も、オウムの犯行を強く疑うようになり、強制捜査の準備が着々と進められていった。警察庁担当記者が言う。
「さまざまな情報から、上九一色村に、サリンのプラント(精製工場)があると予測されました。これを受けて警察は、95年3月22日に同地を強制捜査することを決断したんです。