「幸せになる」ということは必ずしも良いことではないという考え方(ニュージーランド研究) (1/3ページ)
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「わたしは心が欲しいです。脳みそでは幸せになれません。この世でいちばん大事なのは幸せなんですから」
”オズの魔法使い” でブリキの木こりはそう言った。
この世には無数の「幸せ」という観念がある。それは、人間本来の欲望というよりも、文化によって形成されたものといえるだろう。多くの欧米人にとって人生のゴールとは「幸せになること」だ。しかし一方で、「幸福」に強い抵抗感を抱き、幸福に嫌悪感を覚える人々がいる。
その理由はさまざまだが、例えば、「この世は全てバランスがとれていて、至福を手に入れるということは、最悪な不幸が待っていることを意味する」と考える人もいる。
人生で何よりも一番手に入れたいものは?という質問をすると、「幸せに暮らせれば十分」と答える人がほとんどだろう。しかし、「人間は本能的に悲しみよりも幸福を求めているのか?」、と問われればそれは確かではない。実際、最新の研究で「幸福」を求めるのは、人間特有の欲望というよりも、文化が生み出した産物だということが分かった。
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文化によって幸福の表現の仕方は異なる
たいていの人にとって幸福とは好ましいものだ。しかし、この世には、幸福なのに両手を上げて喜ばない人もいる。幸福を好ましいと思っている人は、幸せそうな人や幸せな人を見ればそれだけで万時順調だと思えるし、反対に、いつも不幸そうな人を見ると、あの人は大丈夫かしら?と心配してしまう。
しかし、欧米以外の文化では、異なる幸福の見解がある。自分が幸せと感じることは、自分のみの状況や心情に焦点をあてているからであって、個人を超えたより大きな善を幸福としているわけではない。さらに、大きな善と個人の幸福が相容れないことが多々あるのは周知の事実である。