[プチ鹿島]政治家の「たとえ話」は歴史とともにズレていく (1/4ページ)

日刊大衆


最近「政治家のたとえ話」が話題だ。

安倍晋三首相がテレビ番組に出演した際、集団的自衛権を「自宅と他人の母屋、その離れ」にたとえて説明した。「(離れから)火の粉を含んだ煙が来て、自宅に火が移る明白な危険の時に、離れの消火活動に入る」。

このたとえに対し「火事と戦争はちがう、わかりずらい」という意見があった。

たとえ話はむずかしい。

私は安倍氏が2007年に第一次政権を退陣表明したとき、安倍氏をかつての高田延彦でたとえたことがある。
「理念」がもてはやされ、本格派エースとも言われた人が、安倍氏は1年で、高田はヒクソン戦で、あっさりギブアップしてしまった。両者の空気が似ていたのだ。

プロレス者ならこの「理念」というモノはとかく厄介であることを知っていた。
プロレス界で理念を旗印にしたのがUWFである。格闘技色を推進した。猪木が衰えを見せはじめたその当時、その思想は支持された。
そして高田率いる新団体Uインターは、猪木が全盛時におこなっていたストロングスタイルの継承も含め「最強」を旗印にした。しかし“理念先行”は敗北する。

当時私が言いたかったのはここからだ。高田氏はそのあと見事に復活したのである。「ハッスル」では本来のその明るさをもとに高田総統というキャラで再ブレイク。振り子の論理とでもいおうか、その開き直った姿に多くの人が好感を持った。タレントしても活躍しはじめた。

そこで、私はもし安倍氏が「再登板」するためには高田氏のように見事に開き直ることが、プロレス史から学べる教えではないか?と当時思ったのだ。
たぶん、この時点ではこの「たとえ」はあまり間違っていなかったはずだ。

それから数年。自民党総裁選で接戦の末に勝利した安倍氏は困難と言われた再登板を果たす。第二次政権ではアベノミクスを持ってきた。理念よりもまず経済を優先した。
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