1984年グリコ・森永事件 元刑事・北芝健が読み解く「未解決事件現場」後編 (3/9ページ)

日刊大衆

長年、グリコに恨みを抱いていた者の犯行なんじゃないでしょうか」(北芝氏=以下同)

反対にグリコ以外は、メモを至る所に隠して探させるなど、脅迫を面白がっている印象すら感じ取れる。
「保護された江崎社長が、幹部と話したあとに口をつぐんだのも気になります。そもそも、全裸で誘拐されて衰弱した社長が自力で脱出なんて不可能ですよ」

それゆえに、当時から裏取引があったのではないかとマスコミは騒いだ。犯人からハウスへの脅迫状でも
「グリコ 6000万 ださんで 6億ではなし ついた」
と記している。だが、もちろんグリコは、この説を否定した。
「もし裏取引があって、警察の上層部がそれを察知していたのなら、逮捕に消極的なのも、わからなくはない。警察幹部が事実を不都合と判断して隠そうとしても、最前線の捜査員が真相を知ったら、犯人を逮捕したとたん、裏取引が白日の下に晒されてしまいますからね。人の口に戸は立てられない」

しかし、それなら江崎社長が解放された時点で脅迫は終わっているはず。その後、放火や毒入り菓子などにエスカレートしたのは、なぜだろうか。
「裏取引があったらの話ですが、一度口約束はしたものの、それを反故にしようとしたり、条件を渋ったりしたんでしょう。"俺らは本気だぞ"という脅しです」

ほかにも、グリコへの怨恨があったとする根拠がある。一つは江崎社長が誘拐されたときの状況だ。
「誘拐で江崎家に侵入した際、犯人は部屋にいた長女に"Mちゃん、静かにしろ"と、名前を呼んでいるんです。一緒に風呂に入っていた二女との区別がついている。つまり犯人は、江崎家の事情に詳しい人物です」

さらに、江崎氏が救出された際に着ていたコート。一部では、このコートが、戦前に存在した「グリコ青年学校」で支給されたものだと言われている。
そしてもう一つ、最も気になるのが、捜査関係者の間で「53年テープ」と呼ばれているテープの存在だ。
「78年(昭和53年)にグリコの常務宛に送られてきた脅迫テープです。

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