田中角栄「怒涛の戦後史」(10)事業の師・大河内正敏(下)
弱冠19歳、「共栄建築事務所」を設立した田中角栄は「理研コンツェルン」の総帥・大河内正敏の信用を得、理研グループの工場建設、設備の設置などの仕事を次々と引き受けるようになっていた。 大河内が、田中に「(新潟の)柏崎は『農村工業』の発祥地で、私の一番好きなところだ」と語ったように、グループの工場建設は柏崎を中心に、新潟各地へと広がっていた。ために、社長の田中自ら柏崎、小千谷などにも頻繁に出張した。こ...
弱冠19歳、「共栄建築事務所」を設立した田中角栄は「理研コンツェルン」の総帥・大河内正敏の信用を得、理研グループの工場建設、設備の設置などの仕事を次々と引き受けるようになっていた。 大河内が、田中に「(新潟の)柏崎は『農村工業』の発祥地で、私の一番好きなところだ」と語ったように、グループの工場建設は柏崎を中心に、新潟各地へと広がっていた。ために、社長の田中自ら柏崎、小千谷などにも頻繁に出張した。こ...