長嶋茂雄と松井秀喜「巨人軍監督」極秘会談、独占スクープ全内容 (4/5ページ)

日刊大衆

そして、松井を巨人の監督にすることが“オレの人生最後の仕事だ”と熱く語り、松井を説得したようです」(前出のプロ野球関係者)

 2人の極秘会談は1時間にも及んだそうだ。しかし、ミスターの“人生最後の仕事”という覚悟をもってしても、松井は監督就任に難色を示したという。

「監督就任を勧めるミスターに対して、松井は“僕には監督をやる自信がありません”と、返したそうなんです。松井がミスターに監督を引き受けない理由を口にしたのは、これが初めてだったようですね」(前同)

 ミスターは、この松井の言葉に大きなショックを受けたという。そして、温厚なミスターにしては珍しく、かなり強い口調で、松井を“叱責”したというのだ。《勝負事は丁か半か、その2つしかない!》《オレを見ろ! 監督就任1年目は最下位だ。それでも、その恥辱をはね返してきたんだ!》《それが勝負の世界で生きる勝負師なんだ!》

 そんなミスターの激しい憤りを間近で初めて感じたことで、松井の心境には変化が見られたのだという。

「ミスターの強い言葉に、松井も思うところがあったのか、頑なだった態度は次第に和らいでいったそうです。最終的には、終始、重い雰囲気だった松井が笑顔を見せるまでになったと聞きます。場の空気こそ和らぎましたが、ミスターの監督要請に、最後まで松井が首を縦に振ることはなかったといいます。ただ、松井が“笑顔”を見せたことを、ミスターはポジティブに捉えたようですよ」(同)

■原辰徳や江川卓、桑田真澄らの名前も次期監督候補に

 松井を巨人の監督にするという、ミスターの人生をかけた、最後の熱い思い。それは松井の巨人入団から築き上げられた“師弟関係”によるところが大きい。1992年のドラフト会議。超高校級スラッガーとして4球団が競合した松井を引き当てたのは、他ならぬ、当時の長島監督本人だった。そしてミスターは、「4番1000日計画」と銘打ち、松井にマンツーマンで英才教育を施していく。

「長嶋さんは、松井の素振りを毎日、欠かさず見守った。それは監督を勇退しても続き、松井がメジャー移籍した後も、長嶋さんが渡米した際にはホテルでバットを振らせたといいます。

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