デジタル化が進み、昔ほど無駄遣いが減ったとはいえ、依然として我々は当たり前に大量の「紙」を消費している。しかし、環境問題が今日ほど深刻なものとして語られるようになるはるか以前から、日本では供養や仏道修行と結びつけられる形で、紙の再利用が行われていた。
■紙の起源や伝来時期
そもそも日本における「紙」こと「和紙」とは、植物繊維を何らかの方法で分解し、水に分散させた後、簀(すのこ)または網状のもので漉いて、乾燥させたものである。日本における「紙」の始まりは、『日本書紀』の推古天皇18年(610年)の条に、「高麗王、僧曇徴(どんちょう)が絵の具・墨・紙・碾磑(てんがい、石臼)を作った。碾磑はこの時にはじまるか」という記述がある。このことから、碾磑以外の3品は既に存在していたこと。そして朝鮮半島における造紙が、仏教が伝来した4世紀後半に始まったと言われていることから、そこで発達した技術が、曇徴来日前後に日本にも伝わっていたと考えられている。そしてその原料は、中国の前漢時代同様、着古しの麻布を短く切ったものだった。しかし日本においては、麻は貴重品で、ほとんど流通していなかったため、容易に手に入る楮(こうぞ)や雁皮(がんぴ)を用いるようになったのである。
■「還魂紙」と呼ばれるようになった理由
また原料の入手のみならず、製作に手間がかかることから、当時の日本では今日の比でなく紙は貴重品だった。それゆえ、紙を使う人物の地位によって、使うことができる紙の種類が細かく決められていた。それに加えて現在同様、紙の再利用、すなわち、使い古しの反故(ほご)紙を細かくバラバラにした後、一旦水に晒して液状にし、それを再び漉き直した「漉き返し」が行われていた。しかもそのような、墨の色がうっすらと残る紙に対して「還魂紙(かんこんし)」とも名づけられていた。
■中国と日本における紙の再利用の違い
もともと紙の再利用は中国でも行われていた。その際、「魂」が還ってくる、生まれ変わりといった本来の語義から離れ、当時の官吏登用試験であった科挙に1度は落第したものの、再考試の結果、合格した人物を「還魂秀才」と呼んでいたことから、1度用いたものを再利用することに用いた言葉だった。
再生紙がその昔「還魂紙(かんこんし)」と呼ばれていた理由と当時の紙事情
2018.01.11 19:00
|
心に残る家族葬
ピックアップ PR
ランキング
総合
カルチャー
1
「妊娠7か月の私は、義母に会うために満席の小田急線に乗ることに。車内では正面の金髪ギャルが...」(神奈川県・30代女性)
Jタウンネット
2
ドミノ・ピザが14年ぶりにブランドリニューアル!デリバリー値下げにチーズ20%増量など...変更点をまとめたよ。
東京バーゲンマニア
3
彼らが戦った「あの場所」に、あなたも立てる アニメ『日本三國』聖地を巡るスタンプラリー【福井編:~12/31】
Jタウンネット
4
雪が残る道路の真ん中で動けなくなった 通りがかった見知らぬ人が私を抱きかかえて(東京都・60代女性)
Jタウンネット
5
なぜ江戸時代の屋台には車輪がなかったのか?蕎麦・寿司・天ぷらも“担いで売った”商人たちの意外な事情
Japaaan
6
【コンビニ限定】『雪の宿』から爽やかで上品な甘さが特徴「雪の宿ミルクボール 塩バニラ風味」新発売
Japaaan
7
「高野山」は“社会的な死”を意味する?聖地に送られた戦国武将たちの非情すぎる末路
Japaaan
8
【魚べい・元気寿司】中とろが165円!6月23日から「まぐろ・サーモンフェア」を開催中。
東京バーゲンマニア
9
「安心してるの伝わってくる」「幸せそう」 〝警戒心ゼロ〟にも程があるハスキーの寝顔に1.8万人もん絶
Jタウンネット
10
鎌倉銘菓『鎌倉半月』からドラえもんを描いた夏限定スイーツ『ドラえもん半月 』が新発売
Japaaan