公人として死にたいか、私人として死にたいか(森鴎外・志村けん)

| 心に残る家族葬
公人として死にたいか、私人として死にたいか(森鴎外・志村けん)

新型コロナウィルス感染から肺炎を発症し、わずか2週間足らずで2020年3月29日に亡くなった、コメディアンの志村けん(1950〜2020)を顕彰する銅像が完成し、今年の6月26日に、西武鉄道・東村山の駅前に設置された。

■遺言を残した森鴎外


今現在、生前の志村けんがいわゆる「終活」を行っていたであるとか、具体的な「遺言」を残していた等のことは明るみになってはいない。しかし、今年の7月9日に百回忌を迎えていた明治の文豪、そして医学博士・軍医でもあった森鴎外(1862〜1922)は、亡くなる3日前に、ヨーロッパ留学中の長男・於菟(おと、1890〜1967)宛に、鴎外の生涯の友であった医師の賀古鶴所(かこつるど、1855〜1931)が口述筆記した「遺言」を残している。鴎外、そして昭和初期から戦後にかけて活躍した文豪・太宰治(1909〜1948)も眠る東京都三鷹市下連雀の禅林寺(ぜんりんじ)には、その全文を刻んだ石碑がある。

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