どうした秀吉?『豊臣兄弟!』藤吉郎が踏んだ豊臣崩壊ルート…戦国時代、最終局面の誤算とは

| Japaaan
どうした秀吉?『豊臣兄弟!』藤吉郎が踏んだ豊臣崩壊ルート…戦国時代、最終局面の誤算とは

豊臣秀吉という人物に対する一般的な評価といえば、「旺盛な才覚の持ち主」という言葉に集約されるのではないでしょうか。

人間味あふれる親しみやすさで周囲を惹きつけ、ときに圧倒的な存在感で場を掌握する。そんな稀有なカリスマを備えた人物でした。

現在放送中の大河ドラマ『豊臣兄弟!』でも、機転が利き、人心掌握に長け、行動力あふれる野心家として描かれています。まさに、その才覚を存分に発揮して戦国乱世を駆け上がり、ついには天下統一を成し遂げた英雄といえるでしょう。

ところが……。
その秀吉を武家として見るとき、どこか決定的に欠けているものがあったのではないか、と思えてならないのです。

戦国を問わず、武家にとって何よりも重んじられたのは「家」という概念でした。それは単なる家族ではなく、自らの死後も末永く存続していく“家の繁栄”への強い願いです。子孫へと続く血脈を守り抜くことこそが、武士の本懐でもありました。

だからこそ彼らは、命を賭して戦場に立ち、武功を求めたのです。もちろん秀吉も、その競争の只中を生き抜き、天下人にまで上り詰めました。しかし、その歩みを振り返ると、どこか「家」というものへの執着が希薄だったようにも見えてきます。

今回は、秀吉が生前に行った三つの出来事に焦点を当て、それがいかにして豊臣の「家」が滅亡する遠因となったのかを、あらためて考えてみたいと思います。

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