3月も半分以上が過ぎ、メディアでも「桜の開花予想」の情報を頻繁に見かけるようになりました。
いよいよ「お花見」の季節到来ですね。お花見の歴史は古く、奈良時代は梅や萩を愛で、平安時代に入り梅から桜になり、貴族階級の人々が花の下で宴を開き、詩を読んで楽しむのが主流だったそうです。
鎌倉・室町時代には、武士階級にも広まり、現代のように花見が庶民の娯楽となったのは江戸時代になってから。
そして、「日本一のお花見」といえば、豊臣秀吉が催した『吉野山の花見』と『醍醐の花見』。
天下統一を実現した秀吉は、自らの力を世に示す意味も込めて、大きな花見の宴を二度も開催したのでした。
たくさんのゲストを招き、コスプレをしたり、女性たちは豪華な衣装を「お色直し」したりなど、派手好きの秀吉らしいエンタメ性の高いものだったそうです。どのような宴だったのでしょうか。
一度目のお花見は、文禄3年(1594)に催された『吉野山の花見』。
吉野山は、奈良県の中央部・吉野郡吉野町にある尾根続きの山稜の総称であり、金峯山寺を中心とした社寺が点在しています。地域ごとに、下千本・中千本・上千本・奥千本と呼ばれ、古くから桜の名所として有名です。