歴史はいうまでもなく、人がつくるものです。
しかし、日本の古代史、特に弥生時代を振り返ると、「帥升(すいしょう)」と「卑弥呼(ひみこ)」くらいしか見当たりません。
帥升は『後漢書』に登場する倭国王で、西暦107年に後漢に朝貢したと記されます。
そして最も有名なのが、邪馬台国の女王・卑弥呼です。
※卑弥呼に関しては、こちらの記事でも詳しく紹介しています。ぜひ合わせてご覧ください。
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また、実際の政治や外交の実務は、弟が行っていたとされています。つまり、彼女はお飾り的な存在で、政治力はほとんどなかったということです。