「卑弥呼」は偉大な女王だった!「三国志」の動乱を読み大国・魏から“破格の待遇”を勝ち取った知略 (6/8ページ)
そして、ここでの卑弥呼の動向が、従来の彼女の実像を覆すことになります。それは卑弥呼が、魏に対して邪馬台国を安売りせず、魏と呉の対立関係を巧みに利用する外交手段を取っていたと考えられるのです。
魏を海上から牽制するために、遼東半島へ使者を送った呉の孫権は、さらに東方の海上世界にも関心を向けていたことは想像に難くありません。
考古学的にも、兵庫県の安倉高塚古墳などから出土した呉系の鏡を、その手がかりとみる説があります。つまり魏と呉の対立は、邪馬台国をめぐる外交にも大きな影を落としていた可能性があるのです。
卑弥呼は、このような複雑な国際情勢を読み切ったうえで、魏に使者を送り、倭国の立場を大きく引き上げました。