「卑弥呼」は偉大な女王だった!「三国志」の動乱を読み大国・魏から“破格の待遇”を勝ち取った知略 (2/8ページ)
ところが近年の研究では、そのような卑弥呼像をがらりと変えるような説が唱えられるようになりました。
今回は、中国三国時代の魏・呉・蜀の情勢と卑弥呼の関わりに注目し、その実像を考察します。
邪馬台国との密接な関係構築に動いた魏
卑弥呼が活躍した時代は、2世紀末から3世紀前半にかけて後漢が衰退し、やがて魏・呉・蜀の三国が並び立ち、互いに覇を競う時代を迎えた、いわゆる三国時代でした。
『魏志倭人伝(ぎしわじんでん)』によると、卑弥呼が死去したのは西暦247年〜248年、そして歴史学的な推計に基づくと、彼女が生まれたのは170年頃と推測されます。
そうです、日本でも人気の高い、曹操(魏)、孫権(呉)、劉備(蜀)が登場する『三国志』の舞台、その時代の真っただ中に、卑弥呼は生きていたのです。
ですから、卑弥呼の実像を探ろうとすれば、魏・呉・蜀の状況を鑑みる必要があるのです。