あのコもヤンキーだった!? 80年代アイドルたちのツッパリ列伝 (2/6ページ)

日刊大衆



そんな時代にデビューしたアイドルたちは――しつけに厳しい両親のもとで育った清純派の松田聖子さえ「地元の暴走族のリーダーと付き合ってた」とウワサされるほど――どこかしらにヤンキーの気配をふくんでいた。少年たちはどこか不良の影のあるアイドルに熱狂し、暴走族まがいの親衛隊を結成してコンサート会場に押しよせていたのだ! アイドル文化とはつまり、ヤンキーカルチャーとともに80年代を歩んでいたのである。

ブームの先陣をきった火付け役といえば、やはりこの人、「ヤンドル界のトップランナー」こと三原じゅん子しかいない。子役時代からどこか影のある役を演じてきた三原は、『3年B組金八先生』の不良少女役で大ブレイク。自分は一切手を出さず、舎弟たちに殴らせたリンチシーンでのセリフ、「顔はやばいよ、ボディやんな、ボディを!」 は流行語にもなった。
『金八』以降は、どんなにかわいい衣装を着てもぜんぜん消えてくれない己のヤンキー性を自覚したのか、「JUNKO」名義でロック活動をしてみたり、「走り出したら止まらないぜ!」とばかりにヤンキー路線まっしぐら。
1987年には週刊誌記者をなぐって暴行容疑で現行犯逮捕されたが、事実はドラマよりも濃し。じゅん子の姐御はヒザ蹴りからのマウントで記者の髪をつかみ、後頭部をコンクリートにガンガン打ちつけるという北野映画なみのバイオレンスぶり。

そんなじゅん子も2010年には参議院議員に当選し、「あの狂犬もようやく落ちついたか……」と周囲の胸をなでおろさせた。と思いきや、やはりやってくれた!

2015年3月、「"八紘一宇"は建国以来、日本が誇るべき精神です」と戦後ながらく封印されていた四文字を参議院予算委員会の席上でぶっ放したのだ。「時代錯誤!」「日本の右傾化を象徴だ!」と野党からはケンケンガクガクの大バッシングをくらったが、今の野党はこれだからダメである。歴史認識の問題なんかじゃない。これはじゅん子の精神に宿るヤンキーイズムの基本、「夜露死苦」みたいな小むずかしい四文字熟語好きがまだ治ってなかっただけの話なのだ。

それにしても、「夜露死苦」から「八紘一宇」へ。成長といえば成長、ブレないといえばブレない姐御である。
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