あのコもヤンキーだった!? 80年代アイドルたちのツッパリ列伝 (6/6ページ)
地底を這うようなケレン味たっぷりのビブラード、激しいダンスにもゆるがない前髪、鋼鉄のごとき肩パット。ちょうど自殺騒動の渦中にいた中森明菜と入れ替わるように、静香の「マブさ」に全国のヤンキー少年たちは感染した。コンサート会場にはつねにホンモノの暴走族が取り巻き、ライブ終了後には、暴走族がどっちが静香を先導するかで仁義なき戦いをくり広げていた。
しかし、その時だった。
「いい加減にしろ! アタシが通れないじゃねぇかよ!」
甲高いあの声で一喝した静香。あまりの剣幕に、ケンカは一気におさまったという。
その後も静香は、極道の妻役を演じてみたり、作詞家として「愛絵理」という「らしい」ペンネームでデビューしてみたり、主演したデコトラ映画では自らトラックをペインティングしてみたり、YOSHIKIや的場浩司など数々の浮き名を流しながら、「元々静香のファンだった」という天下のキムタクを落として姐さん女房におさまってみたり……と姐御伝説にはキリがない。
麻雀でいえば役満、フランス料理で言えばフルコース。三原じゅん子姉御のように武闘派ではないが、ヤンキー文化の要素をひとりで網羅する存在こそ工藤静香その人なのである。80年代のヤンキー文化が生み出したモンスター、工藤静香。90年代以降も相川七瀬やモー娘。後藤真希、AKB板野友美まで、雨後の筍のように次々とヤンキーっぽさを売りにするアイドルや歌手がデビューしたが、静香に肩をブツけられる、おっとまちがった、肩を並べられる存在はいまだ出てきていないのである。
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