あのコもヤンキーだった!? 80年代アイドルたちのツッパリ列伝 (5/6ページ)

日刊大衆


コンサート会場には常にホンモノの暴走族が取り巻き

中森明菜や南野陽子がブレイクしたツッパリ全盛の時代をすぎ、80年代も後半のバブル期に突入していくと、ヤンキーアイドルも様変わりしてくる。「リアルヤンキー路線」ともいうべきか、街でハデに遊んでいたような等身大のヤンキー少女たちが芸能界デビュー、次々とブレイクしていったのだ。

80年代ディスコの定番ナンバー「ダンシング・ヒーロー」のカーで大ブレイクした荻野目洋子。「中学時代、オール1だった」「H初体験? 高校の時、先輩と」とインタビューでさらけ出していた飯島直子。別れた男が毎日のように部屋の前に花を置いていくのを見て、「うちは事故現場じゃねーんだよ!」ってツッコんだのはリアルヤンキーならではの痛快さだ。

日活ロマンポルノでデビューした美保純を「アイドル」のワクに入れるかどうかは、議論の余地があるかもしれない。だが静岡の不良娘出身、芸能界デビューのきっかけも「ディスコクイーンコンテスト」の優勝という美保純が、ドラマや映画でなにかと重宝されたのは「近所のスナックにいる癒してくれそうなヤンキー姉ちゃん」というリアリティだろう。見た目はワルそうだが気立てはいい、「アタシバカだからむずかしいことよくわかんないけどサ~」といいながら時に芯をくった発言をするという唯一無二のポジションが、今もって大衆からもとめられているのは『あまちゃん』からの再ブレイクでも証明ずみである。

だがこの時期、誰よりリアルヤンキーから熱すぎる支持をえていたのは「北関東の姫」工藤静香だった。ヤンキー漫画『ろくでなしBLUES』で彼女をモデルとした「工藤静香子」の婚約報道でキャラクターがショックを受ける、というエピソードがあるように、工藤静香とはヤンキーカルチャー全盛期に咲いた大輪の薔薇(紫色)なのだ。

おニャン子クラブ在籍中から、そのメンバーのなかでも異彩を放っていた。おニャン子は原則、学業最優先だったが、「学生時代に年上をパシリに使ってた」「楽屋に制服を忘れて1週間登校しなかった」というヤンキー気質は水をえた魚のようにソロ活動で花ひらく。

『MUGO・ん…色っぽい』『嵐の素顔』『慟哭』。
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