あのコもヤンキーだった!? 80年代アイドルたちのツッパリ列伝 (3/6ページ)
ミイラ取りがミイラになって泥沼にはまるケースも
かといって、すべてのヤンキーアイドルが三原じゅん子のようにバリバリの極道路線なワケでじゃない。むしろ大多数は80年代に巻きおこったツッパリブームのために事務所からムリヤリ不良少女路線に変えられた「作られたヤンキー」だった。
たとえば南野陽子。スケバンの刑事役を演じ、「おまんら……許さんぜよ!」のキメゼリフで一躍ブレイク、トップアイドルの座をつかみとったが、本人のパーソナリティはいたっておっとり清純派。その後リリースした『吐息でネット』『はいからさんが通る』などのヒット曲もヤンキー性はみじんもない。
憧れのおフランス在住、今やエレガントなセレブレティの香りしかしない中山美穂も、当初は「オトナっぽいキツめの美人」というそのルックスからツッパリキャラで売り出されていた。『毎度おさわがせします』のツッパリ少女・のどか役でドラマデビュー、初期の代表作も『セーラー服反逆同盟』などのスケバン役と、ヤンキー役ばかり。「ミポリンといえばヤンキー」としばらくはツッパリイメージが抜けなかった。
ほかにも『はいすくーる落書』の斉藤由貴や『不良少女とよばれて』の伊藤麻衣子……と「作られたヤンキーアイドル」には枚挙にいとまがない。それでもブレイク後はみなツッパリイメージからの脱却をはかり、紆余曲折はあっても現在は幸せな人生を歩んでいる。
だがミイラ取りがミイラになって、ドロ沼から抜け出せないケースもある。
悲劇の歌姫、中森明菜である。16才で当時のアイドルの登竜門だったオーディション番組『スター誕生!』に合格、シングル『スローモーション』でデビュー。と、ここまでは〞花の82年組〞と呼ばれた同年代のアイドルと変わらない。問題は2作目の『少女A』だ。
「黄昏れ時は少女を大人に変える素肌と心はひとつじゃないのね じっれたい じれったい……」
チャラチャラ歌うアイドルが多いなか、全盛期の山口百恵を彷彿させるビブラートとドスのきいたハスキーボイスを響かせ、大ブレイクしたのだ。
この作品は、当時起こった実在の『歌舞伎町ディスコ殺人事件』をモチーフにしているとされる。