【クルマを学ぶ】大気汚染の王様「トラバント」の悲劇的な運命 (3/4ページ)

FUTURUS

そして社会主義国というのは、「大衆はロボットで構わない」というコンセプトで成り立っている。ホーネッカーは、そのコンセプトを徹底させた。秘密警察シュタージを通した市民同士の密告を奨励したのも、この男だ。一時期の東ドイツは、成人人口の4人に1人がシュタージの通報員だったというから驚きである。

そんな状態の国で、自動車産業が発展するわけがない。古今東西、大衆車は“庶民のささやかな夢”である。だがホーネッカーはその夢を「贅沢な考えだ」として足蹴にした。それよりもスプーンやら石鹸やら歯ブラシやらの日用品に、工業力を注げと言い出す始末だ。

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『トラバント』はメジャーチェンジをまったく施されず、1957年当時の性能水準に甘んじていた。『トラバント』と同世代の『スバル360』などは、ホーネッカーが国家評議会議長になる6年も前に生産を打ち切っている。環境対策から排ガス規制も強化され、『トラバント』は西側諸国の基準では車検すら通らないという有様だった。

FRPの品質低下も顕著だった。ガラス繊維が底を突いてしまった。「仕方がない、紙パルプと羊毛で代用しよう。どうせこの国の住民は、『トラバント』を予約したってすぐに買えるわけではないのだから」。

実はこの時、『トラバント』の生産台数と市民からの予約希望数は大きく乖離していた。食品ですらも配給の列に並ばなければいけない国だ。紙パルプでできたクルマを買うのに、10年以上待たされるという状況だった。

市民の怒りは少しずつ蓄積していった。


■ 笑われるべきは愚かな人間

教条的で議論や説教が大好きな人間ほど、実は自分に甘いものだ。

東ドイツの一般国民が、長い年月をかけてやっと『トラバント』にありつけるという中で、ホーネッカーはプジョーやメルセデスなどの西側の高級車を乗り回した。

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