【クルマを学ぶ】大気汚染の王様「トラバント」の悲劇的な運命 (4/4ページ)
プールのある豪邸に住み、キューバ産のトロピカルフルーツを毎日食べ、悠々自適に過ごしていた。この男にしろ他の政府高官にしろ、結局は自分の生活がよければいいという考えだったのだ。そんな連中が、『トラバント』のメジャーチェンジなどに興味を持つはずがない。
『トラバント』は、1957年から1990年までの33年間、執政者の都合に翻弄されながらも一国の大衆車であり続けた。東ドイツ市民の不満が爆発し、ベルリンの壁が壊されると『トラバント』は自由を求める市民と共に西ベルリンへ足を踏み入れた。だがその粗悪な造りを見た西側の住民は、『トラバント』を笑いの種にした。
「あのクルマは紙でできている。しかも2ストロークの排ガス噴出エンジンを載せている。見ろ、今時ドラムブレーキなんて使ってるぜ。しかも燃料計がない上に、ヘッドライトのスイッチが車外にある。これはとんだ珍車だ。」
そう言って笑う者は、1957年という時代を知らないか、忘れているかのどちらかである。先にも述べた通り、この当時の世界各国の軽自動車と比較しても『トラバント』は決して見劣りしない。
問題は、“庶民のささやかな夢”をぶち壊しながら自分だけ贅沢に勤しんでいた、馬鹿な政治家にある。
『トラバント』の可能性を奪ったのは、人間という名の厄介な動物だ。真に笑われるべき対象は、愚かな人間たちではないか。
(前回の『クルマを学ぶ』はこちら)
※ 【クルマを学ぶ】ハロゲンからHID、LED、レーザーまで「ヘッドライトの変遷」
http://nge.jp/2015/09/13/post-116879/
【画像】
※ FooTToo / Shutterstock
※ Csaba Peterdi / Shutterstock
※ Daniel / PIXTA