【世界の功績者から学ぶ・前編】「シャングリラ」を夢想する日本人 (1/4ページ)
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人間が人間である以上、“完璧”を実現させることはできない。人間は欠点があるからこそ価値のある動物だ。
だから、その人間が構築した国も、欠点だらけである。
残念ながらこの世に“シャングリラ(理想郷)”はなく、人は誰しも世知辛い現実の中で生きている。
しかし、日本人は長い間、「自分の知らない土地に必ず“シャングリラ”が存在する」と夢想していた。かつては旧ソ連や東ドイツや毛沢東支配下の中国、そして北朝鮮が“地上の楽園”と呼ばれていたし、反共を掲げる陣営は、アメリカの消費社会こそが人類の理想と公言していた。
東西冷戦時代が終わっても、日本人のその姿勢は変わらなかった。北欧三国を「世界で最も福祉が整備された国」と絶賛し、かと思えばコスタリカを「軍隊のない平和国家」と憧れ、ブータンを「世界で最も幸福な国」と讃えた。
だが実際は、どの国も問題だらけであることに日本人はようやく気付き始めた。
コスタリカは常備軍の代わりに強力な武装警察を有し、アメリカ軍の駐留も認めている。ブータンはネパール系住民を迫害し、多くの難民を出している。世界一教育水準が高いと言われている北欧三国も、相次いで起こる乱射事件に頭を悩ませている。
やはり、“シャングリラ”は存在しないのだ。
■ 「Mottainai」の価値に気付かず
そういうこともあり、“外国の理想化”という姿勢は、もはや流行らないものになっている。
そうではなく、「問題だらけの国で改善に奮闘する人物」に日本人はようやく目を向けるようになった。
筆者は先日、インドネシアで“ゴミ病院”を運営するガマル・アルビンサイド医師についての記事を執筆した。
これは各方面から好評をいただいた。ガマル医師について書いた日本人ジャーナリストは筆者が初めてというわけではないのだが、あの記事をきっかけにマランへ行くことに決めたという読者も現れた。
自分の手がけた記事が、人から人への関心を繋げ、こうして人の心と足を動かしているという事実は、やはり嬉しいものだ。