【東日本大震災】大川小学校の"悲劇"は現地視察で明らかになるか (4/5ページ)

東京ブレイキングニュース

 ちなみに、校庭で児童が整列していた時点から3つの避難ルートまで移動にどのくらいかかるのかを別の日に原告側が調査を行っている。原告側弁護士によると、Aルールは徒歩では2分1秒、小走りで59秒、Bルートは徒歩で1分45秒、小走りで1分8秒、Cルートは徒歩で1分49秒、小走りで1分8秒だった。いずれのルートも遠いわけではない。

 小学5年生だった哲也君(現在、高校一年生)は奇跡的に助かったが、小学3年生の未捺ちゃん(当時9歳)を亡くした只野英昭さん(44)は、道や校舎以外の建物の跡にテープを貼り、当時の町並みを"再現"を担った。「土地勘のない人は裏山は急勾配だと思う。しかし、震災後、いろんな人がシイタケ栽培のところを登っている。登りやすいことを体感してもらった。竹やぶまで登ってもらえるとは思わなかった。震災1年前の6月24日に、3年生の子どもたちが(Bルートの)コンクリ2段目に登ったのは、(Cルートの)竹やぶから登ったから。あの日の子どもたちの動きを体感してもらえれば、救えた命だった。そのことがわかったと思う」と振り返った。

 小学3年生の香奈ちゃん(当時9歳)を亡くした中村次男さん(41)も視察に参加した。その中で、被告側が三角地帯で「ぜひ、慰霊碑をみてください。(学校のあった)釜谷地区の住民は多くがなくなっている」と高宮裁判長に発言したことに怒りをあらわにする。「市の主張は結局、釜谷の住民が多く亡くなったから仕方がないというもの。仕方がないじゃない。学校でしょ?『地域の人が亡くなったから児童もしょうがない』じゃ済まない」と言い、亡くなった児童の多くが学校管理下にあったことを重く見るべきだと話していた。

 一方、被告側の石巻市は、「予定通り、津波被災事故現場の状況を裁判所に視察いただきました。校舎・校庭の状況、裏山の状況、三角地帯の状況や位置関係等について、時間をかけてご確認いただきました。被告石巻市において特に見聞してもらいたかった場所もご覧いただけました。有意義な視察になったと思います」とコメントを発表した。

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