82歳筆者が考える、「子どものスマートフォン利用」...私的コミュニケーション変遷史より (5/7ページ)
学校制度が変更され、5年制の旧制中学校は3年制の新制高校および新制中学となり、筆者が新制高校2年生となったとき、今まで男子校であった旧都立中学校(現新制高校)にも遂に新入の女子生徒が入学して来て、男女共学とはなったが、我々の入学年度クラスだけは依然として男子のみのクラスで、卒業までその状態が維持された。
男子ばかりの我々には、女子生徒が珍しく、何とか親しくなりたかったが、筆者の入学年度には居ないわけで、結局、部活を通じ、下級生の女生徒と交流することが望みを達する道だった。
筆者が3年生になり、書道部に属していたとき、1年生として進学して来た一人の少女と親しくなり、交換日記を利用し合うようになった。淡い初恋だったと思うが、今どきのLINEなどとは大違いのコミュニケーション手段であった。
この前後から家の電話を利用して、友人や知り合いたちと連絡し合うこともあったが、今の感覚の電話とは異なり、飽くまで、父の営業用電話を借りる「呼び出し電話」の形態であり、しかも呼び出して呉れるのが、それで無くとも煙たい存在である父だから、随分窮屈な思いをし、特に女性からの電話の場合は、別に悪いことをしているわけでも無いのに、何となく気が咎め、会話していても、落ち着いた会話など到底出来る雰囲気では無いし、況してや親に隠れて連絡を取り合うことなど全く出来無かった。
その後の大学生時代には交友関係もそれなりに拡がったが、直接会話以外、コミュニケーションの手段は、依然として「呼出し電話」と郵便文書での送受信くらいしか無かった。
卒業後の民間会社5年間勤務中は会社でファクスを利用したことを除けば、プライベートな固定電話と郵便文書を介したコミュニケーションが直接会話出来ない場合の手段であった。その後の15年に及ぶ特許法律事務所勤務中も、相変わらず電話、FAX、テレックス、郵便が主流であった。
日本国内でインターネットによる接続が開始されたのは、昭和59年(1984年)。平成13年(2001年)にはCATV、無線通信等によるインターネットへの接続サービスが開始され、平成14年(2002年)から平成17年(2005年)に掛けて、友人紹介型のソーシャルネットワークサービスが提供され始める。