ディズニー王国事始め~『白雪姫』がすべてを変えた(3) 前代未聞の画期的な作品『白雪姫』:高橋ヨシキ連載6 (3/6ページ)

ブッチNEWS

・『白雪姫』が森の中に迷い込む場面
https://www.youtube.com/watch?v=y2zrs7Irzuw

この場面では、あたかもカメラが縦横無尽に「動いて」、生きて動いている白雪姫を「追って」いるかのような、驚くべきリアリティを持つイリュージョンが実現されています。

白雪姫はアニメーションの敗北か?

ところが、発表された当時、こうした立体的でリアリスティックな『白雪姫』のようなアニメーションのあり方を、批判的にとらえた見方もありました。「(アニメーションは)いつもの引力の法則や常識や実現性云々にも縛られない。アニメーションはこの世で唯一、真に『自由な』芸術表現の手段なのだ」(クレートン・ピート)や、「アニメーションのユニークさは、制約でがんじがらめの現実からほぼ完全に解き放たれて『ファンタジーの論理』で動く、ただひとつの映画形式だということにある」(ウィリアム・コズレンコ/どちらもJ・P・ロッテ著『ディズニーを支えた技術』日経BP社より引用)。こういう、ある意味「アニメーション原理主義的」なものの見方からすると、ディズニーの『白雪姫』が示したような「リアリティ」は、アニメーションの敗北を意味したのです。いくらでも自由に、なんでもできるはずのメディアを使って、実写の真似事をしているのは、自らの可能性を狭める行為だというのです。

現在ではもちろん、こういうことを言う人はあまりいませんよね。アニメーションはきわめて「リアル」に事物を描くこともできれば、また自在に想像力を羽ばたかせることもできる、マルチなメディアだということはみんな分かっています。もちろん作家やプロダクションによってどこに重心を置くか、アニメーション表現において何を最も重要視するか、ということに違いはありますが、「現実あるいは現実を写しとったフィルムを模倣しているからけしからん」という意見を目にすることはほとんどないと言っていいでしょう。

しかし『白雪姫』が誕生した当時は、まだそういうものの見方も存在しました。

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