2020年東京オリンピック・パラリンピック大会のホストタウンの舞鶴市、本市初オリンピックメダリストが“友情の証”に銀と銅のメダルで作った「友情のメダル」を展示! (5/6ページ)
大江選手は昭和14(1939)年に陸軍に
召集され、昭和16(1941)年12月、フィリピンのルソン島で戦死。
27年間の短い生涯を閉じました。
戦後、大江選手と西田選手の「友情のメダル」にまつわる話は、
小学校の教科書で紹介され、全国に広く知られるようになりました。
現在、大江選手の「友情のメダル」(左半分が銀メダル、
右半分が銅メダル)は秩父宮記念スポーツ博物館(国立競技場改築
工事に伴い、現在長期休館中)に収蔵されており、西田選手の「
友情のメダル」(左半分が銅メダル、右半分が銀メダル)は、
平成17(2005)年、母校の早稲田大学に寄贈されました。
舞鶴赤れんがパーク内の赤れんが2号棟(舞鶴市政記念館)2階に
設置されている「郷土のオリンピックメダリスト 大江季雄」
コーナーには、「友情のメダル」のレプリカのほか、大江選手が
ベルリン大会で使用したポールも展示しています。
※参考1:「ホストタウン制度」とは‥‥
「ホストタウン制度」は、政府が大会の開催に向けて参加国と
地域住民の様々な交流を通じ、スポーツ、文化、経済等を含めた
地域活性化を目指し、全国の自治体を登録する制度です。
本市が申請した第二次登録では、全国から申請があった83件の
うち、本市を含む47件の登録が決定しました。
※参考2:舞鶴市の紹介
舞鶴市は、縄文時代から交易の要所として繁栄し、明治34
(1901)年の舞鶴鎮守府(旧海軍の統括機関)の開庁以来、
日本海側で唯一の軍港都市として発展してきました。
市内は、戦国武将・細川幽斎が築いた田辺城の城下町として古い
町並みが残る「西地区」。平成28(2016)年度「日本遺産」に
認定された旧海軍ゆかりの「赤れんが倉庫群」などの近代化遺産が
数多く残る「東地区」を中心に形成されています。
現在、市内沿岸部には海上自衛隊舞鶴地方総監部、第八管区海上
保安本部が設置され、海上自衛隊と海上保安庁の拠点が同一の市に
設置されている全国で唯一の市です。