83歳筆者の〈極私的鑑賞ノート〉(1)...戦中・敗戦直後の思い出の映画たち (3/7ページ)

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上映されたのは、当時主流であった戦争物であった、と記憶する。つまり、田舎だけでは無く、映画館のある東京でも時には、こんなスタイルで夏の夜などに映画が上映されていたのである。

戦時中、映画館で観たもので、記憶に残っているのは戦争物の「ハワイ・マレー沖海戦」とか「加藤隼戦闘隊」で、後者のテーマソングは大いにヒットし、ラジオなどでもよく放送されていたので、今でも出だしの「エンジンの音 ごうごうと...」の歌詞もメロディもよく覚えている。もし、カラオケで唱えば、歌いきる自信はある(閑話休題)、それより前で記憶に残るのは柔道映画の「姿三四郎」で、藤田進の扮する姿三四郎が師(嘉納治五郎をモデルとする?)に叱責されて蓮池に飛び込み、夜が白々と明けるまで水中で反省する、というシーンが今でも目に焼き付いている。映像シーンとして特に印象に残っているのは、夜明け頃になると蓮池からもうもうと水蒸気が立ち上っていたことだ。今、考えると明け方には気温が低下して、水温の方が高くなり、その結果、水蒸気が立ち上っても不思議では無いわけだが、当時は賢しげに大人の小細工を見通した気分で、『所詮、映画は作り物で、湯気は俳優を冷やさないために撮影では温度の高い湯を利用しているからだろう』などと分かったような気分で悦に入っていた。

もう一つ印象的だったのは、当時映画館では必ず、ニュース映画が併せて上映され、赫々たる戦果を上げた戦地の状況などによって戦意高揚が図られていた。テレビもインターネットも無い時代だったから、新聞、ラジオの報道を除けば、映像イメージというのは、今でもそうだが、特に当時の人々には視覚的、体感的に強烈なインパクトを与えていた、と思われる。時の権力にとって、プロパガンダの目的で世論を一定の方向に誘導するための有力なツールであったことは間違い無い。

さて、映画や演劇の鑑賞に際して、特に筆者が視覚的な印象以外に強く影響を受けたのは、いわゆるバックグラウンド・ミュージックやテーマ曲と称される聴覚的イメージである。具体的にそれらがどんなものであったか?はこれから徐々に述べることになる。

人によって感覚の違いがあるかも知れぬが、筆者に関しては、音楽の影響は非常に大きい。

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