83歳筆者が考える「ウナギ」問題...たとえ我々の「文化」だとしても (7/7ページ)

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実用化に向けて、この完全養殖技術を実施すると、その製法が一般に確立される前に、アブラツノザメの方が絶滅してしまうだろう、という見通しがあるからだ。

地球的観点の普遍性からすれば、特定の国々の固有の文化だから、という理由だけでは、絶滅の危惧が存する生き物に対し、何らの手も打たずに放置し、消滅させてしまうことは文明的見地からすれば当然、許されまい。

欲望の赴くままに、無節操に行動するのでは無く、何事にも「身の丈に相応しい振る舞い」が求められる、ということだろう。より具体的に言えば、無闇矢鱈に食欲の赴くまま食べ散らすのでは無く(ましてや、完食せず、余りを廃棄するなどは言語道断)、巡り来る季節を確認し、味わう目的で、土用の丑の日には美味しい鰻の蒲焼きを楽しむ、という我が国の文化は絶やすこと無く、余裕を持って残して行けるように、専門家による一層の努力と、我々一般消費者の節度ある抑制が大いに求められる所以だ。

問題解決のためには、欲しいものは見境無く、兎に角、手に入れようとする、ノーテンキで見苦しい生き方を恥じ、分に応じ、広く地球環境にも目を配り、他者との共生を心懸けるような生き方が人類、いや地球上のあらゆる生きとし生けるものから常に求められていることを、日本人一人ひとりが確り自覚することに尽きるのであろう。

buraijoh.jpg筆者:ぶらいおん(詩人、フリーライター)東京で生まれ育ち、青壮年を通じて暮らし、前期高齢者になって、父方ルーツ、万葉集ゆかりの当地へ居を移し、今は地域社会で細(ささ)やかに活動しながら、西方浄土に日々臨む後期高齢者、現在100歳を超える母を介護中。https://twitter.com/buraijoh
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