83歳筆者が考える「ウナギ」問題...たとえ我々の「文化」だとしても (3/7ページ)

Jタウンネット

逆に文化とは、日本でいうと、婦人がふすまをあけるとき、両ひざをつき、両手であけるようなものである。立ってあけてもいいという合理主義はここでは成立しえない。不合理さこそ文化の発光物質なのである。同時に文化であるがために美しく感じられ、その美しさが来客に秩序についての安堵感をもたらす。ただし、スリランカの住宅にもちこむわけにはいかない。だからこそ文化であるといえる。』

取り敢えず、筆者は、この定義に従って「ウナギ問題」を考えることにする。そうすると、鰻の蒲焼きも鰻重、鰻丼も日本の食文化の一つと言うことになろう。

また、現存する特定の店を、個人的にPRしようという意図も理由も全くないのだが、和歌山県新宮市の古い鰻屋「鹿六」は、新宮出身の文人・佐藤春夫や多くの文化人、地元旦那衆が好んで通っていたというばかりでなく、筆者にとっては歴史的ないわれを持つ、忘れてはならない場所の一つとなっている老舗である。

それは、明治時代の末期に世の中を大いに騒がせた、有名な冤罪事件「大逆事件」と称される幸徳事件にまつわる逸話である。

四国高知出身の幸徳秋水が予てから親交のあった新宮在住の、ヒューマニスト、ドクトル大石誠之助らを訪ね、名勝「瀞八丁」に舟を浮かべ清遊した折、この老舗「鹿六」で、鰻の蒲焼きを賞味しながら歓談した、と伝え聞く。

筆者も東京から最初に新宮を訪れた際、当然、今では古ぼけた、この店で感慨に浸りながら鰻を味わった。その後も他所から、この熊野地方を訪れる親友や知人を案内する際は、この地方を知って貰うために欠かせない場所となっている。

もし、ここで鰻の蒲焼きや肝焼きが食べられなくなると、歴史や文化の観点からは困ったことになるに違いない。

しかし、司馬の定義からすれば、『文化はむしろ不合理なものであり、特定の集団(たとえば民族)においてのみ通用する特殊なもので、他に及ぼしがたい。つまりは普遍的でない。』ということになるので、当然、絶滅が危惧されている生き物を、未来について何らの展望も無く、自分たちの文化のために無闇矢鱈に採取し尽くしてよい、ということには、どうしてもならないだろう。

「83歳筆者が考える「ウナギ」問題...たとえ我々の「文化」だとしても」のページです。デイリーニュースオンラインは、社会などの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る