「真田丸」ファンに朗報! 本多正信・政重が関ケ原や大阪の陣で使用した武具を金沢市で見る (4/5ページ)
本多政重が大阪の陣で使用した馬験。大坂の陣では真田幸村に真田丸に誘い込まれ、散々な目に遭ったとか…。
大谷吉嗣、宇喜多秀家、福島正則、上杉景勝、直江兼続…。
そうそうたる方々と深い繋がりがあった本多政重。この人間関係を見るだけでも、本多政重という方が、武勇に優れた知将だったと推測されます。
前田藩筆頭家老となった本多政重は、徳川幕府重臣の父・正信や、兄・正純とのつながりもあり、加賀前田藩のために数々の大きな役割を果たします。その功績によって俸禄も加増され、5万石という大名並みの石高を賜るまでになったのです。
実は関ケ原の戦いで徳川と敵対した上杉家も、敗戦後、徳川との仲を取り戻すために本多政重の力を頼ろうとしました。上杉家重臣・直江兼続がそのために奔走した様子が伺えます。しかし政重の元主人・宇喜多秀家の正妻が前田家の豪姫だったこともあり、結局政重は前田家のために生きる道を選んだのではないかと思います。