民俗学者の折口信夫が記した「死者の書」に勇気づけられた劇作家の加藤道夫 (6/7ページ)

心に残る家族葬



しかし折口は、自殺の衝動を克服した後であっても、弟子の岡野弘彦に「楽しいおとぎ話」でもするように、時折、「洋傘をさして高い山腹の道を歩いていると、このまま遥かな眼下に向って断崖を一気に飛び下りてしまえば、ふわりと空を飛んでゆけるような気がして、耐え難くなり思わず身を投げ出してしまう。途中の岩の出っ張りに引っかかって身の動きがとれなくなり、そのうち日が暮れて、一晩中その場に洋傘をさして立ったまま夜を明かした。遥か麓の村で死者を葬ってでもいるのか、一晩中ちんちんと鉦を叩く音がしていた」などと「死の世界に誘い込まれる魅力」を語ることがあった。

■最後に…

また、愛の告白を拒んだ弟子の加藤守雄に対し、既に初老の域に達していた折口は、「ぼくが若かったら自殺していただろう。だが、ぼくの年ではそれもできない」とつぶやいたという。死の甘美な誘惑を受けて、それに身を任せてしまいたいと思っても、死ぬことができない。死ぬ勇気も持てない。そして死ぬための「大義」もない。そんな折口は芥川や加藤、そして三島のように自殺を選ばず、死ぬまで「生きる」ことを選んだのだ。

今を生きる我々の大半は、必ずしも、生きることの幸せや喜びに満ちあふれた日々を過ごしているわけではない。「死にたい!」と叫ばずにはいられないほど、辛い日々が続いているかもしれない。しかしそこで自殺を選ばず、あえて「生きる」のであれば、「生」と「死」の対立的な境界線を設けない形で自分の命を静かに燃やし続けたいものである。さながら、加藤が何度も読みふけった、『死者の書』に描かれた、藤原南家郎女が見た夢のように。
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