火星人はいる。1920年代、火星人女性と電信でコンタクトしようとしたロンドンの弁護士 (2/6ページ)
・20世紀当初、火星人の存在が信じられていた
1926年3月、ロビンソンは心霊研究者や霊媒師と降霊会を開き、霊媒師が火星人のアルファベットを書き、オーマルルのスケッチを描いた。
イギリスの新聞、サンデー・リフェリー紙はのちにこのスケッチについて、"彼女は、半笑いしているような口、突き刺すような鋭い黒い目、奇妙な鼻、そして、とても大きな耳をした異様な顔だ"としている。

今日ではこのようなことはすべてバカげたことに聞こえるかもしれないが、20世紀が始まった頃は、火星に生命が存在する可能性を多くの科学者が信じていた。
天文学者が火星に運河のようなものを発見したとき(1877年にジョヴァンニ・シアパレッリによって初めて観測された)、大いに人々の想像力がかきたてられた。当時、電話や無線のようなものが相次いで発明され、かつては不可能に思えたことを科学が可能にしている時代だった。
さらに、19世紀には、死者と交信するという心霊主義が台頭し、サー・アーサー・コナン・ドイルのような著名人の支持もあって、人々があの世とのやりとりを信じ、夢中になっていた。火星人との接触は、それほど荒唐無稽なことではなかったのではないだろうか?
・1926年、地球から火星へ無線電信を送る
1926年10月、ロビンソンはオーマルルとの交信をさらに次のレベルに進めようと、郵便局へ向かった。当時、ロンドンの郵政省は、ラグビー・ラジオ放送局を開設していて、地球規模の無線電信の中心地となっていた。
ロンドン中央電報局で発見されたメモは、ロビンソンが1文字につき1シリング6ペンス(およそ35セント)で標準的な長距離レートでメッセージの電信を手配したことが説明されている。