雨宮処凛の『90年代サブカルと「#MeToo」の間の深い溝。の巻』を読んで:ロマン優光連載110 (1/5ページ)

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雨宮処凛の『90年代サブカルと「#MeToo」の間の深い溝。の巻』を読んで:ロマン優光連載110

ロマン優光のさよなら、くまさん

連載第110回 雨宮処凛の『90年代サブカルと「#MeToo」の間の深い溝。の巻』を読んで

 雨宮処凛さんが書かれた『90年代サブカルと「#MeToo」の間の深い溝』というテキストが一部で話題になっています。私も読んでみたのですが、本文及び、それに対する反応に色々と違和感を感じました。主題である、「かつて意図的に見過ごしてしまった鬼畜AVにおける女性の扱いや鬼畜系イベントでの女性の扱いに対する落とし前を自分の中でつけなければならない」という部分には全く違和感はありません。個人として必要な問題だと思います。また時代と共に意識をアップデートとしていかなければならないというのも、非常に共感をおぼえます。それらは私にとっても必要とされることでもあり重大な話です。私が違和感を抱いたのは当時の「サブカル」関連の記述です。
 まず、「90年代サブカル」とは言っていますが、鬼畜系はあくまで90年代サブカルチャーの一潮流ではあっても、それがメインであったわけでなく、雨宮さん個人が好んだ領域がそれに偏向していただけに過ぎず、「90年代サブカル」という名称で総括することに非常な違和感を感じました。そこに限らず鬼畜系の説明にしても、なんというか基本的に雑なのです。それが、雑に要約してしまったためなのか、本来対象を雑にしか理解できてなかったからかはわかりませんが。
 一言に「鬼畜系」と言いますが色々な物を内包していました。シリアル・キラーの紹介。ドラッグ・カルチャーや身体改造、アウトサイダー・アートといったアンダーグランドのサブカルチャーの紹介。ゴミ漁りや盗聴といった市井の犯罪の実態報告。死体写真。クーロン黒沢による東南アジアに潜む奇怪な不良日本人たちのレポ。アウトサイダー・アートに倣って言うなら、アウトサイダー思想とも言うべき異常な思想家や思想の紹介(秋田昌美氏の『スカム・カルチャー』は名作でした)。根本敬氏がやっていたような、いわゆる電波系や、性格異常者、底辺労働者、浮浪者、痴呆老人など、当時の社会から見えないものとされている人たちに関するレポ。実験的に極限状態におかれた人間を記録するようなバクシーシ山下氏によるAV。

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