【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第9話 (4/6ページ)
その一夜限りの花嫁も降りしきる夕立に攫われて思い出の泡となり、純白の花のあとには黒くわだかまった湿土がじっと空を睨む。
その土の上を吉原俄(よしわらにわか)の山車が練り歩き、人いきれの宵闇に秋の匂いが濃く立ちのぼり始める頃、十五夜の月見は巡って来た。
姐さん今日の月見の相方は、と振袖新造の美のるが訊いてきたから、佐吉はんよ、とみつは明るい声で答えた。
「佐吉はん?ああ、あの役者みたいな兄さんかあ。いいなあ姐さん」
美のるは声をうわずらせた。
吉田佐吉は今年の四月にみつの馴染みになったばかりの若い男だ。
実家が秣(まぐさ)問屋で尾張徳川家の下屋敷等に出入りしているというだけあって年齢に似つかわしくないほど遊び方は派手である。
初回は四月の十五日。狂歌連の仲間を大勢連れて揚がった。
ざっと見回しても連中で最も若いのは瞭然だが、佐吉は連の年配の者からも一目置かれていた。聞くと歌は連の中でも最も巧みで、連の判者をつとめているという。
見た目は芝居で二枚目を張っても良いほど端正な顔立ちで、どちらかといえば怜悧な印象なのだが、話すと面白い。
「尾州様の和田戸山の屋敷ときたら、ばからしいほど広いんだぜ。庭園も泉も橋も馬場もあって、神さんと仏さんと弁天さんがいっぺんに拝めて、しまいには作り物の宿場町まであると来た。殿様が遊びに来たら、家来どもが売り子になったり宿の女になったりして町屋ごっこをして遊ぶんだとさ。俺ア野良犬役になって、殿様にシッコしっかけてやらア」
「コラッ、お上が聞いてたらどうする」
生粋の江戸ッコ気質である佐吉には連中が冷や汗をかくような言動も多かったが、しかし普段聞けない話の数々は狭い籠の中の女郎には多分に魅力的であった。
