【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第9話 (3/6ページ)
本来なら国芳も祭りの日にこんな風に長屋にこもっているような玉ではないのだが、今年は出掛ける暇もなく絵を描いている。
(みつは、)
とふと女を思った。
(花火も、知らねえのかなあ・・・・・・。)
たんぽぽを初めて見た時の、あの驚いた顔が脳裏に浮かんだ。
打ち消すように視線を紙上に戻すと視線の先にぽたりと水鞠が落ちて、墨が灰色に滲んだ。
国芳は、いつのまにか泣いていた。
「何泣いてんだ、わっちゃア」
墨で汚れた袖口で涙を振り払ったものの、模写した絵が天窓から差し込む花火の光でちかちか照らされるほどに、涙が出て仕方がなかった。
「確かに、下手くそだな」
笑えるほどに、自分の絵には何もかもが足りない。
「なんでわっちゃアこねえに下手くそなんだろう」
国芳は泣いた。
泣きながら、模写を続ける手だけは止めなかった。
狭い空間に、くしゃくしゃに丸めて捨てた白い紙の残骸がいつのまにか雪のように降り注いだ。
同じ時分の八月朔日。
吉原遊郭では季節外れの雪と見紛う白無垢姿の花魁が、娑婆とは無縁の華やかさで外八文字を踏み、仲之町の大通りを清艶に道中した。
八朔の花嫁道中である。
