社会正義が関係すると我々の脳は世界を極端に2極化する。”我々”か”我々以外の彼ら”か。仲間意識の持つ恐ろしさ (4/5ページ)

ただし、初対面のマウスであっても、自分と同じ遺伝系列の個体に限った話だ。果たして、これは人間が仲間に対して示す認識のマウス版とでも言えるドーパミン報酬反応なのだろうか?
また外見的な特徴が異なる別の遺伝系列のマウスだった場合はどうなのだろうか? あるいは草原や山間部といった生息域で大きく社会的関係が異なる野ネズミなど、ほかの小型哺乳類ではどうなのだろうか?
草原の野ネズミが山間部の野ネズミに遭遇したとき、同じような肯定的なシグナルが生じるだろうか? それともよそ者だと認識して、扁桃体による恐怖と不信のバランスに傾くのだろうか?
動物のこうした差異や、それよりもっと微妙な違いが、社会的反応を引き起こす神経回路にどのように影響するのかは今のところ不明だ。
しかしこれらを研究することで、同じ種でありながらも若干の違いがある者に対して人間の脳が向ける、無意識の偏見が生み出される仕組みについて理解が進むかもしれない。

・神経シグナリングは運命ではない
脳が「いいね」の報酬と「差異」の不信に傾くよう進化してきたとはいえ、これが運命である必要はない。脳の活動は可鍛性がある。
皮質にもっと高位の回路を形成し、原始的な恐怖と報酬のシステムを修正することで、別の行動を生み出すことができるのだ。
作家のチママンダ・アディーチェは、「ステレオタイプの問題はそれが真実でないということではなく、不完全だということだ。人はストーリーの一つに過ぎないものを唯一のストーリーにしてしまっている」と述べている。