【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第20話 (2/5ページ)
模写をすれば、自分が絵の中の武者になれるかのように、夢中で模写をした。
そして掴んだのだ。
江戸一番の大御所絵師、歌川豊国の弟子になるという一世一代の夢を。
紺屋の親の勘当を受けても、芳三郎はその道を選んだ。
しかし今、輝かしいはずだったその道の先で、実家が裕福でないという事実をより鮮明に突きつけられて苦しんでいる。
(もうどこにもおいらの居場所なんざア、ねエんじゃねえのか)
心がひどく動揺した。
慌てて柄杓で手水鉢の水を掬し、一口煽った。
「冷(ち)べてえ」
芳三郎はその驚くほどの冷たさに少しばかり冷静を取り戻し、硯にべったり付いた墨を柄杓で流した。
「こんチキショウ、のろま、トンチキ、馬鹿、あほ、トンチンカン、かんちょうらいのすっとこどっこい!」
悪態を吐くだけついてふと顔を上げると、いつも閉まっている障子がほんの三寸ほど開いていた。
部屋の内部が見える。
「なんだ、これ・・・・・・」
中庭に面したその部屋には、壁という壁に所狭しと様々な張り子の面(めん)が掛けられていた。
そういえば入門初日に、国なんとかという体躯の立派な兄弟子が工房の中を案内してくれた際、この部屋の事にも少し触れていたのを思い出した。この部屋にはかつて国政という高弟がおり、張り子の面を作っていたのだと。今その国政が何をしているかまでは聞かなかったが、とにかく今は国貞がこの部屋を気に入って使っているから、他の者は開けてもいけないし絶対に入ってはいけないと。
しかし、壁を覆い尽くす面の魅力に芳三郎は勝てなかった。