【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第20話 (4/5ページ)
だからおめえも鯛と呼んづくんな」
「へえ、分かりやした」
「偉いねえ、おめえは」
「は?」
幼子を褒めるようにされて気に食わなかった芳三郎は、粗暴な返事をした。鯛なら鯛らしくお造りにでもなっちまえ、とでも言ってやりたいところだ。
「だっておめえ、急に親と離れてよ、寂しいろうに泣きもしねえで一人で耐えて、偉えよ」
「別に、泣くような年齢でもねえし」
アッハハと国直は綺麗に並んだ白い歯をこぼして笑い、ばしりと芳三郎の背中を叩いた。
「痛え」
芳三郎は呻いた。
「アア、すまねえ」、
国直は慌てて芳三郎の背中をさすり、
「火消しの手伝いばかりをしてるうちに、随分力が強くなっちまったのさ」
右の袂をたくし上げて、腕の力こぶを作って見せた。
「わあ、すげえ」
肩から二の腕にかけて盛り上がった筋肉の逞しさに、芳三郎は思わず驚嘆した。幼い時分から豪の者や傑物好きな芳三郎は、一瞬で国直に憧憬を抱いた。
「どうだ。この力こぶがなんのために付いてるか、分かるかえ?」
「火消しの手伝いのため?」
「ブー。確かに火事の時の役には立つが、そうじゃねえのさア」
国直は、自慢げにニカニカ笑った。
「ナア、おめえはさあ、ここに来て何か危ねえ目に遭ったりしてねえか」
芳三郎は国貞の真似をして、指で目尻を狐のように上に釣り上げた。
「あの狐の化物に目で殺られかけた」
アッハッハと国直は豪儀に笑った。
「そんなら大丈夫だ。国貞の兄さんは流派を守り、盛り立てるのに必死なだけだ。他に何か嫌な事アねえか?」
「豊国の父っつぁんが国貞の狐にベッタリで嫌だ。おいらの事なんかまともに見ちゃいねえ」
「でもよお、おめえ、父っつぁんに声掛けられて入門したんだろ」
芳三郎が実家の紺屋で豊国に声を掛けられて入門した事は工房内では有名だ。
「まあ、そうだけど」
「それアすげえ事だよ。いいかえ、芳坊。